1965-04-23 第48回国会 衆議院 農林水産委員会 第30号
その中におきまして構造改善事業が大きくとらえております意味の経営規模の拡大、農地の集団化に関する部分が、率直に申しまして資本の芸備と基盤整備と農地の集団化のほうにウエートが促進対策事業においてはかかっておる。この際もう一ぺん大きな問題である経営規模の拡大の問題に取り組む必要がある。
その中におきまして構造改善事業が大きくとらえております意味の経営規模の拡大、農地の集団化に関する部分が、率直に申しまして資本の芸備と基盤整備と農地の集団化のほうにウエートが促進対策事業においてはかかっておる。この際もう一ぺん大きな問題である経営規模の拡大の問題に取り組む必要がある。
○今井政府委員 現在、海上保安庁法によりまして巡視艇がある程度の火器を芸備するということは法律的に定められておるわけでございますので、実際現在までの沿岸警備の状況からいたしますれば、特に領海内の密猟あるいは密入国、密貿易というふうなものを取り締まるために、従来使っておりましたいわゆる二十三メートル、二十一メートル、十五メートル等のいわゆる巡視艇につきましては、乗り組み員が拳銃を持っておるというふうな
まず第一に伺いたい点は、外相の報告によりますと、昨年の九月故ダレス長官に初めて今回の安保条約改定の交渉をされたときに、内容的にいうと、アメリカの日本防衛に対する援助義務を明確にすること、日本の負うべき義務は憲法の範囲内に限らるべきこと、条約運営に関し日本の発言権を強化し、特に在日米軍の配備及び芸備の重要な変更、並びに極東の平和及び安全の維持のため日本の施設及び区域を作戦的目的に使用することを事前協議条項
配備、芸備の問題は、今あなたにお伺いしているのじゃない。
○小山(亮)委員 四月十二日のこの遭難の起きました当日、瀬戸田——尾道間を芸備商船が旅客輸送をしましたその船名と回数、それを伺いたい。
○石部参考人 昭和二十七年の二月、芸備商船株式会社が発足いたしたのでございますが、当時瀬戸内海汽船には二百トン、五百トン、そういう大きなクラスの船を持ちまして、幹線航路、相当大きな航路に就航しておるものもあり、また島嶼部を、小さい船で小さい航路をやっているというようなものも、それぞれ航路は雑多のものがございまして、この運営につきましても大きいものと小さいものとのいろいろむずかしい点がございましたので
○山本(友)委員長代理 芸備商船株式会社代表取締役石部松夫君。
○政府委員(粟澤一男君) 当該船の船客につきましては、芸備商船は十数社の保険団体と契約いたしまして、乗客の傷害保険をかけております。
本船の経営者でございますが、これは芸備商船株式会社と申しまして、資本金九百万円の会社でございます。本船のほか、百十三トンの金比羅丸その他合計十隻の船を持っておりまして、免許航路といたしましては、本事件の瀬戸田——尾道その他で八航路の経営をいたしております。
それで芸備商船につきましてはこの命令を発動するまでもなく、そういう契約を自発的に行政指導によりまして結んでおったわけでございます。
○辻説明員 私どもは遺族の方を思いまして、当該芸備商船会社に対しましては、先ほど申し上げたように全力を上げまして、会社の力のある限り満足のいくような補償の道を講じさすようにいたしたい所存でございます。
今芸備商船が保険会社と結んでおりまする契約は、今回のような事故が起りました際に、遺族その他の関係者に対しまする補償金を芸備商船が払った場合に、保険会社がその補償金を補てんするという保険契約でございます。
二、ディーゼル・カー、ディーゼル機関車の配置 山陽、山陰において旅客のサービスの改善のみならず、一面運転経費の節減等、特に支線区の経営成績改善のためにもディーゼル・カーの要望は強く、山陽においては広島市を中心とする可部、芸備、呉及び岩徳の各線に、山陰においては特に観光地が多いが、有数の隧道地帯でもあり、地元及び長距離旅客の要望が強く、山陰線にディーゼル機関車を配置せられたいとのことでありますが、少
そこであらゆる努力をした、こういうことを先ほどあなたは委員長に何されたが、部下の失策とは言いながら、国有財産に対して莫大な損害を与えていることに対して、証人は県の長としてどういう責任を負うかと言つたら、県の措置としては監督は十分あらゆる点でやつた、こう言われているが、あなたの部下の小田商工課長は、一ぺんも芸備倉庫の引揚げたものを見ておらぬ。
もうけを得ようとしてやつた精神が、その虚に乗じて飲まされ、許すべからざる作業時間を延長し、さらに一回も芸備倉庫へ点検に行かず、行つたかと言つて突込んでみれば、抜き打ち的に行つたと言うが、水産の方で問題になつたから行つた。私どもは山口県の水業業者から陳情を受けた。どんどん火薬を使うので、仕事にならぬ。魚が死んでしまう。補償してくれということを言つて来た。
○田渕委員 河崎君がここまで入つたということは、課長も、きのうも佐竹委員の質問に対して、一回も芸備倉庫を見ておらぬと言つておる。課長はまるきりこれに関係しておらぬ。課長をすつぽらかして商工部長と河崎との間に話があつて、その上に何があるか、これから調べて行くのだが、相当河崎君が上の方から早く片づけろと言われておつた。
○石井(昭)政府委員 今次の戦争の範囲でございますが、太平洋戦争ということに考えませんで、日華事件以後ということに一応考えてみますと、昭和十二年には信濃鉄道、すなわち松本、信濃大町間、それから芸備鉄道、すなわち広島、備後十日市間、横荘鉄道、これは秋田でございますが、前郷、羽後本庄間、それから北九州鉄道、博多から唐津を経て伊万里に参ります。この四線を昭和十二年に買収いたしております。
又広島におきましては同県の特産品たる縫針業者がインド向け大量輸出契約の破約によりまして、大量滞貨を発生いたしました場合において、芸備銀行より四百万円、商工組合中央金庫広島市支所より二百五十万円、計六百五十万円の滞貨融資を受けた実例があります。